千代紙遊戯 (お侍 拍手お礼の三十二)

        *お母様と一緒シリーズ
 


鶴に小箱に、櫂の舟。三宝さんに奴さん。
衿あてが いかにもな半纏に、
風車に札入れ、手裏剣もどき。
「…で、これを八つほど作って、
 丸ぁるくなるようにつなぎ合わせると、くす玉になるんですよ。」
「うわ、すごいすごい♪」
無邪気に笑って手を叩く童女の傍ら、黙々と鶴を折っていた白い手が止まり、
「…。」
言葉はないし、判りやすい声もないままだが、
その眼差しの色合いに鮮やかな表情の変化が見て取れて、
「お褒めいただいて光栄です。」
判りやすく褒めてくれたコマチにも、
眼差しをキラキラと輝かせ、
精一杯の称賛を乗せて見やってくれたキュウゾウにも、
照れながらのお礼を述べたシチロージ。
囲炉裏を切った板の間の端、上がり框の辺りには、
陽の射さない中でもそれと判る、
七彩夢幻…は大仰ながらも、色とりどりの千代紙が広げられており。
彼らの手になる“折り紙教室”が、絶賛開講中。

  ―― というのも、切っ掛けは外の雨。

少し前から振り出したにわか雨から逃れて来た次男坊と、
彼がその懐ろへと抱えて来たのが、通りすがりだった巫女様の妹御。
この時期のにわか雨にしては結構な雨脚だったので、
見る見る濡れてゆくコマチを有無をも言わさず連れて来てくれた、
キュウゾウの判断は正しかったものの、
『別な子だったら、ちょっと怖がったかも知れませんね。』
後日になって、
誰もが言いにくかったこと、こそり形にしたのは、案外と度胸のある工兵さんで。
確かに…慣れのない和子に彼の威容や無表情は、
“頼もしい”というよりは“怖い”対象だったかも知れない。
(う〜ん)
まま、それはともかく。

 『これは、止むまでちっとばかり かかりそうですな。』

二人を迎え入れてのそのまま、
戸口から空の鈍色を見上げたシチロージがそうと呟くと。
濡れた上着や羽織を囲炉裏の間際で広げさせた代わり、
旧住人の置き土産らしい、ちょっと色あせた装束をお揃いで羽織ったことで
即席の兄と妹のような風情となった、双刀使い殿と童女二人が顔を見合わせる。
急ぎのお役目や仕事が、有るといや有るが 無いといや無い。
そんな微妙なところなのが、只今現在の彼らの状況。
いつ来るかも判らない野伏せりの急襲に備えてのあれこれには、
いくら時間があったって足りないほどだが、
『でも、このお空ではねぇ』
弓を教えているかたわら、村の周縁を彼なりに哨戒しているキュウゾウと、
文字通りの使いっ走りを請け負って、
それでもこの小さな体でよく駆け回っている働き者の巫女様と。
確かに、外に出られぬではすることも無くなる身。
殊に、小さな子供でありながらも、
姉と同様、村のために頑張らねばという自負の強いコマチには、
することが無いという立場にやられるのは堪えるらしく。
ふしゅんとしぼんだコマチの様子に、小さく小さく苦笑したのが、
槍という武具を大胆にも大きく振り回す力持ちなのと同じくらい、
細かいところへもよく気のつくシチロージ殿で。

 『…そうそう、アタシもこの隙に嚢の整理でもしときましょうかね』

上がり框へ戻ってのすぐさま、
そうと言い出して、腰回りから下げている嚢をごそごそと探った末に、
その手へと取り出したのが…それはかあいらしい千代紙の小束。
『綺麗ですぅvv』
そこは女の子だ、
赤に青に、緋色に緑に白、黄、
千羽鶴に市松、呉竹に矢羽根、花車にあばれ熨斗に青波と、
様々な柄模様の刷られた千代紙には興味を示したコマチだったのへ、

『蛍屋で時々ね。
 太夫見習いの半玉
(はんぎょく)、禿(かむろ)の子たちに、
 お小遣いや何やっていう“振る舞い”があったときなんか、
 これへ包んで配ったりもしましてね。』

あとは、ちょっとしたお遣いへの伝言に使ったりもして。
それでと持っていたことを簡単に説明しながら、
真白い指と鋼の指とが、器用に動いて折り上げたのが小さな鶴。
そこから始まったのが即席の折り紙教室で、
「おら、ツルと奴さんくらいしか知らなかったです。」
どちらかと言えば屋外で駆け回っている方が多いのか、
色々な折り方にいちいちビックリしつつも、
そこはさすがに女の子ということか。
飲み込みの早いコマチは手が小さいこともあって、
教えた端から何でも形にし、
小さなお膝の周りへお花畑のように色とりどりの完成品を散りばめてゆく。
その一方で、

 「…。」

片やの生徒、寡黙な双刀使いさんはというと、
決して不器用ではないのだが、
油断をすると…ちょこっと力が入り過ぎ、
最後の仕上げにと翼を左右に広げかかった鶴が、
さっきから続けざまに数羽ほど、真っ二つに下ろされてばかりおり。
「…そこだけコマチが手伝いましょうか?」
それでは意味がないと、薄々判ってはいてもつい、
小さな巫女様が気を遣ってのお声をかけるのへ、

 「〜〜〜。」

拗ねるではなく、されど…どうしたものかと、
為すすべ知らぬ童のように、困惑気味に小首を傾げてしまう姿がまた、

 “…ああもう、何てまた かあいらしいったら。///////

もうもう、どうしてこのお人ってば、
こんないいお顔ばっか、アタシの前で見せてくださるんでしょうねぇと。
日頃の無表情との区別が余人には非常に判りにくいそれを、
途轍もない愛らしさとして拾えるおっ母様なればこそ。
目許を潤むほどに細めたその上で、
胸中では人知れずのじたじたと、歓喜に身悶えていたりして。

  ……大丈夫でしょうか、おっ母様。
(苦笑)

こうまでかあいらしい彼へも、
何か一つくらいはその手で完成させてあげたくて、

 「あ、そうだ。」

それでと思いついたものがあったらしく。
「じゃあ、こんなのはどうですか?」
板の間の上、裏の白い方を表へ向けて置いた千代紙を、
折り鶴とは逆の、まずは四角に、それから三角。
お山のように裾へと広げた三角のそれぞれの端を、
頂上までへと揃えて持ち上げて。
横手の角っこを、これは中央の真ん中へ寄せての折り返し、
さっき頂上へ合わせた三角の裾、
中心線へと合わせた角のうえ、二重になった隙間へと差し込んで。
「裏っ側も同じにね。」
そうして出来たは、俵型っぽい六角形。
そのままじゃあ何が何だかという出来だったけれど、
「ここを開いて、上から見ると十字になってるでしょう?」
その真ん中に、丁度穴のようになって空いてる隙間。
そこへと口元を近づけたシチロージが、ふうっと息を吹き込めば、

 「…あ。」

柔らかな千代紙はふわっと膨らみ、
角の線をそおと均せば、四角い風船がちょこりと出来上がる。
「ほぉら、仕上げてご覧なさい?」
手のひらの上、ぽんぽんと、軽くお手玉して見せるおっ母様に習ってのこと、
教え子たちがそれぞれの自作品へ同じように息を吹き込めば、
「わあ♪」
「…。///
息を吹き込む加減とやらへは、
いつぞやの…シャボン玉を思い出したらしき次男坊。
その手の中にて、コマチのと変わらぬ、可愛らしいのがちゃんと膨らみ、

 「そうそう。お上手ですよ?」

手の上の紙風船の出来映えと、
にっこり微笑って褒めて下さった母上とを交互に見やる紅の瞳が、
少しほど興奮してもいたものか、幼子のそれのよに きらきらと輝いていて。
それが何とも綺麗だったことの方が、
シチロージには感に堪えるほどのご褒美に思えたとか。


  ……と、そこへと割り込んだ声があり、

 「これはまた、外とは別天地の華やぎだの。」
 「あ、おっさま。お帰りなさいですvv」


こんな唐突な雨降りや大風がやって来ると、
詰め所で楽しいことが何かしら、起きているかも知れないと。
そんな気がしての取り急ぎ、
見回り先からお戻りあそばした惣領殿であったらしく。

「あらあら、どこかで雨宿りなさって来られなんだのですか?」
「ああよい、構うな。」

濡れた衣紋をお着替えなさいと、
立ち上がりかかった古女房を、笑みもて やんわり制したは、

 「………。」

そんなやりとりを彼らの間から見上げて来た次男坊へ、
もちょっとばかり おっ母様を独占させてやりたかったから。
とはいえ…せっかくの気を回してやったつもりが、

 「そうですか?」

でもでも、そこはお体に触るやもしれぬことと。
シチロージとしても気になるようで、
土間の隅で着替えるカンベエへと注意が逸れて、
気もそぞろになってしまったところは、一体誰がどう悪いのやら。

 「〜〜〜。」

結局 ちょいと機嫌が損なわれたらしき誰かさんから、
いつの間に折ったやらとコマチさえ呆れたほどもの数の紙風船を
ドドッと一気にぶつけられたカンベエだったというのは、
はっきり言って余談である。
(大笑)


  ――― 豆まきみたいです。
       となると、カンベエ様が“鬼”なんですね。
       無体をされた儂が、なのか?
       〜〜〜。
(ふんっ)


こらこら、駄々こねたお人が大威張りで仁王立ちしない。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜 07.9.03.


  *相変わらずに何でも出来る母上のお話で留めるつもりが、
   ついつい おさまを搦めたら…一気にこんな展開へ。
   とうとうカンベエ様へも容赦しなくなったらしいです、次男坊。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらvv

**

戻る